泣きたくても涙がでない、ということ

ブログを始めた頃、涙が止まらないという記事を書くと「泣きたくても涙がでないようになるので泣けるうちに泣いておいてください」というコメントをよくいただいた。バングラデシュで拉致された頃は約3年しか経っていなかったのでまだその意味がわかっていなかったが、死別から5年経った今はその意味がよくわかる。

悲しみや苦しみは日が経てば和らぐ場合と、石のように硬く重くなる場合がある。心の中の石が硬くなればなるほど涙は出なくなる。


涙が出なくなるとその石は更に硬くなる。ただ、私の心の石を硬くしたのは死別そのものよりも死別後2年経ってから起こり続けた出来事だったかもしれない。



現地警察に救出される


警察による救出劇というのはテレビドラマなどで見ると感動的だ。「大丈夫ですか、お怪我はありませんか」と真摯な眼差しの警察官に抱きかかえられて出てくる被害者役の役者さんは恐怖と安堵が入り混じった演技が大抵上手で、見ているこちらもほっと胸をなでおろす。


「現地警察が救出に向かいます」という大使館の職員の言葉で私はそんな救出劇を期待していたが、賄賂の現金を渡された警官たちはムラーたちと食事をしている。女性たちが、ここでは見たこともないような豪華な料理を次々に運んでくる。警官たちへの接待に忙しく、いつも私に食事を持ってきてくれる女性も私のことは眼中になく私が朝から何も食べていないということまで頭がまわらないらしい。


2時間ほどすると雨が降り始め、3時間ほどするとかなり大降りになってきた。 ようやく警官たちが食事を終えて私に話しかけてきた。ベンガル語で何か言っているが全くわからない。 英語ができるというあの遠い親戚の男性が申し訳なさそうにそれを英語に訳す。

Did you enjoy your stay here ? 

「ここでの滞在は楽しかったですか?」という意味だ。 海外のホテルなどでチェックアウトをする際にはよく聞くが拉致された人間を救出に来た警官が使うセンテンスではない。


警官は、私がまだここにいたいなら置いていくが、どうしても帰りたいなら警察本部まで送る、と言ってきた。


ムラーに私を殺させようとして小屋に閉じ込めて外から鍵をかけた母親は、聞いたこともないような猫撫で声で私がいなくなるのは寂しいというようなことを言っていた。


30分ほどそんな茶番劇が繰り広げられ苛立ちが極限状態に達した私は警官に言った。

「電話を貸してくだい。 日本大使館に電話をしてあなた方が私を救出する意思がないらしいということを報告して警察上層部に連絡してもらいますから」


それを訳してもらった警官たちはやっと重い腰をあげた。外はかなりの大雨になっていて敷地の外に出るだけで履いていたスニーカーが水溜りのようになった。


道路には警察車両ではなく、下の写真にあるようなサムロのような乗り物が2台待っていた。リキシャとは違い、ぎゅうぎゅう詰めではあるが、大人が3人乗れるものだ。

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警察本部というのがここからどのくらいの距離なのかはわからなかったがこれで迎えにくるくらいならそう遠くはないのだろうと勝手に思っていた。


警官2人とムラーが1台に、私と英語のできる親戚の男性が警官1人と一緒にもう1台に乗った。ビニールのようなものが雨よけにあったが、激しい雨ではまったく役に立たずずぶ濡れになった。


道が舗装されていないのでとにかく揺れる。 電気もなにもない真っ暗な道を1時間ほど走り、民家や店の明かりがある道路を1時間ほど、合計2時間走った。


せっかく生きて出られたのに、この道中で死ぬのではないかと思うほど強い雨に叩きつけられた。疲れと空腹と苛立ちで精神状態は極限に達していた。


悔しさに様々な感情が入り混じって涙が止まらなくなった。 

それでも目の前で一番大切なひとが死ぬという死別の経験よりはマシだと思った。 


マシだと思えたのは、死別には希望がないけれど、どんなに強い雨に叩きつけられてもこの時は「救出される」という希望があったからだ。


人間が辛い状況を乗り越えるために一番大事なもの、それは「希望」だと私は思っている。


(続く)

 今日のドイツ語 ( 712 ) 

Hoffnung (ホフヌング)

これは英語の「 hope」で 「希望」の意味です。
 
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